近年、「AIが人間の知能を超える時点」という意味でシンギュラリティ(Singularity)が使われ、高い関心がもたれています。

自動翻訳も進化しています。
既に「スマホをかざすと、その画像を一瞬にして翻訳」するサービスもあります。
単語レベルなら大体オッケーのようですね♪

では、そういう時代において「英語」は、「英語学習」はどんな意味があるのか?

まず 個人の旅行を例に考えてみました。

・「単語レベルは自動翻訳でクリア」になれば、外国語を勉強しなくても、海外旅行がもっと気軽に楽しめるようになるでしょう。
・海外旅行のすそ野が広がる。
・その結果、海外旅行に「高いレベルを求める」層が出現するでしょう。
「観光名所を回る」だけでなく「海外で現地の家にステイ」「地元の名物を一緒に料理する」、「海外で同じ趣味の人と集って友達になる」などもっと”オリジナルな体験”を求めるケースなどですね。
・その中では「現地での出会いやコミュニケーションに満足」する場合もあるし
「自動翻訳に限界を感じるケース」も出てくるでしょう。

つまり、高い欲望をもっている人が、最低の生活上の必要性を超えてもっと楽しもう・稼ごうということで外国語が位置付けられるのではないでしょうか?

積極的で行動力がある人が多く学び、多く稼ぎ、多く楽しむということは結局変わらないのでは?